カウンセラープロフィール

渡邊 としかず/仕事のお悩み、復職支援専門カウンセラー

2024年よりYour Side心理カウンセリングルーム 代表

【保持資格】

・国家資格 キャリアコンサルタント(厚生労働省管轄)
・一般社団法人 日本産業カウンセラー協会認定 産業カウンセラー
・日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー

【経歴】

1982年生まれ、埼玉県出身。法政大学法学部卒業。新卒でIT企業に就職した後、地方公務員に転職。約11年の勤務の中で市民相談をのべ5,000件以上経験し、傾聴のスキルを磨くとともに仕事の成果を出すことに価値を見出していく。

しかし、初めての人事異動を機に「適応障害」を発症し、約1年半の休職。復職への道のりを模索する中で心理カウンセリングを受ける。こころの癖を調整したり、自己犠牲的な働き方を見直していくとともに復職。

その後も心理学やキャリアについて学びを深め、自分の強みは「共感力と理解力」であることを認識。自らの経験を活かし、しごとの悩みに寄り添う「はたらく人のための心理カウンセラー」を目指すことを決意する。

はたらく人の適応障害、そして特殊ともいわれる公務員の休職事情に精通する、数少ない心理カウンセラーとして活動中。

【趣味】

音楽、映画、読書、観葉植物 など


これからカウンセリングを受けてみようか、と考えている、あなたへ。

わたしの存在を少しでも身近に感じてもらえればと思い、わたしがどのように適応障害を発症し克服したのか、それから心理カウンセラーになるまで、そのいきさつをお話させていただければと思います。

わたしの性格について

まずお伝えしたいのは、今では心理カウンセラーとして独立するまでになりましたが、だからといって、わたしは「メンタルが強い人間」では決してない!ということです。

むしろ、とても慎重で、真面目で、小さなことでも気にしがちな性格の持ち主です。そういう性格だからこそ、周りの人の言葉や機嫌に振り回されてしまったり、自分が役に立つ存在なのかをいちいち確かめたり、周りの人にあわせて自分の気持ちに嘘をついたり、色々な場面で、「自分よりも他人を優先する行動」をとってきたと思います。

その行動がどのようにして変わっていったのかをお話したいと思います。少しお時間をいただき、お付き合いください。

こども時代について

わたしは男3人兄弟の真ん中に生まれ、埼玉県の浦和で育ちました。時は1980年代、日本経済は絶好調、世の中の価値観も「前へ前へ」というシンプルで、迷いのない時代。

わたしは小柄ながら運動神経がよく、勉強が得意な子だったので、小学生までは精神的にも経済的にも、「何不自由ない、中流家庭のこども」として育っていきました。当時の写真を振り返ると、集合写真の最前列でダブルピースをしている明るく元気なわたしが写っています。

そんな牧歌的な生活に、暗雲が立ちこめてきたのは、ちょうど日本のバブル経済が崩壊し始めた頃のことです。父が経営していた会社に、少しずつ仕事がまわってこなくなり、やがて、倒産しました。

専業主婦だった母は働きに出るようになり、なんとか経済的に支えてくれたものの、この頃から、家庭内の雰囲気は真っ黒な分厚いカーテンで覆われてしまったかのように、光が閉ざされ、息苦しいものになりました。

兄弟や家族で一緒に出かけることもなくなり、家族の会話も乏しいものになりました。そしてやがて、わたしは家の中で、自由に自分を表現することをやめてしまいました。

「ぼくが余計なことを言いださないほうが、この家にとって、すこしはマシだろう」

そのようにして、わたしはひっそりと生きるようになりました。周りの人の目を気にし始めたのも、この頃かもしれません。

就職と転職

そんな思春期を過ごしましたが、大学卒業までしっかり面倒をみてもらい、なんとか新卒で民間企業に就職できました。なにか特別やりたいことがあったわけでもないし、就職氷河期ということもあり、雇ってくれる会社があれば、「正直、どこでもいい」という気持ちで入社しました。

ITシステム運用の会社で勤務をしましたが、仕事内容については「この先ずっとやりたい仕事ではないな」と感じていましたし、当時漠然とした閉塞感もあったので、入社4年目に思い切って辞めることにしました。

その後、しばらく転職活動を続けましたが、思ったように採用されず、無職の期間が2年くらいありました。

そしてある日ふと、自分にとって一番縁がないと感じていた地方公務員を目指すことに決めました。なぜこの決断をしたのか、はっきりとわかりませんでしたが、おそらくわたしは「あの頃、家族の心が通わなくなってしまったのは経済的なことが原因」だと感じていたので、同じ道をたどってしまう可能性からなんとかして逃れたかったのかもしれません。だから「経済的に安定している職業」として、公務員という職業を無意識に求めたのでしょう。

理由はどうあれ、わたしは(運良く)ぎりぎりで試験に合格し、市役所職員として働けることになりました。

配属されたのは、市役所内で最もクレームが多い税金徴収の部署。本当にさまざまなことを言われては、胃を痛める毎日でしたが、それでも、「人生のふんばりどころ」だと感じ、一生懸命に仕事をしました。

慣れていくにつれ、自分なりに仕事のやり方を見つけたり、何件も何件も相談をお受けすることで、市民の方のお話を聞く姿勢も少しずつ身につけることができました。いつしか、仕事にやりがいを感じるまでになりました。

またプライベートでは、結婚もし、子どもも授かり、慎ましいながらも幸せな人生を歩んでいました。

ところが・・・

人事異動で適応障害を発症

入社7年目での初めての人事異動は、わたしの希望とはまったくちがう異動先でした。あまり歓迎できる話ではないのですが、公務員の人事異動では、このようなことが頻繁に起こってしまうのです。

とはいえ、わたしはどのような部署であれ、うまく仕事ができるだろうという自信をすでに持っていましたから、新しい部署でもバリバリ仕事をしてやろう、とすごく前向きに考えていました。

しかし、異動してすぐが過酷でした。業務の内容がまったくわからないこと。その上に、おざなりな引き継ぎ。それでも迫ってくるたくさんの締め切り。なんとか締め切りに間に合わせるための長時間労働や休日出勤。わからないがゆえの失敗の数々。そして、不慣れな人間関係。

「異動の直後は、そういったことも仕方がない」と割り切ることができれば、それまでです。しかし、真面目で責任感が強く、自分に厳しいわたしは、さまざまな不安や不満とともに、ひとりで仕事を抱え込んでいきました。そして自分を責め、どんどん自信を無くしていきました。

その結果、ゴールデンウィークが明けた直後、「燃え尽き症候群(バーンアウト)」になりました・・・。

モチベーションを高く保っていた人が、突然やる気を失ってしまう症状のことです。

「自分はいったい何のために、毎日深夜まで仕事をしているんだろうか?」
「そこまでしてやる意味がどこにあるんだろう」
「この仕事は自分が本当にやりたいことなんだろうか?」
「ぜんぜん面白くないじゃないか・・・」
「もう、なにも、したくない・・・」

そう、あのときの「孤独感」を思い返すだけで、背筋が凍るような想いがします。

自分にとってなじみ深い世界が、ものすごく、遠く、に感じられる。そんな感覚。

今だから言いますが、一番追い詰められていたときは、夜中に仕事から帰ると、すでに眠っている妻の体にしがみついて、震えていました。そして、「明日という日が来ないこと」を祈っていました。

でも、どうしても「明日」はやってきてしまいます。だから、朝に祈るのは、「今日という日が一刻も早く終わること」だったのです。その繰り返し。

わたしの心はもうすでに、とっくに「限界」が来ていました。職場に行こうにも体が動かない状態になり、なんとか予約可能な心療内科を見つけました。そして受けた診断が、「適応障害」だったのです。

正直、はじめて聞いた言葉でした。「自分は精神疾患なのか?」その言葉は重く、冷たく、のしかかってくるようでした。また、その馴染みのない病気が、いま、「自分の内側にある」という違和感。自分のアイデンティティーが崩壊する感覚。いわゆる「まさか自分が・・・」というのを感じざるを得ませんでした。

そうしてわたしは、休職に入りました。

休職中のこと

そんなわたしが、しばらく仕事を休んで、その次に、強く思ったこと。
それは「早く、よくならなきゃ」
適応障害は、真面目で、誠実で、責任感の強い人に多いと言われます。そういう気質だから、あんなに「もう嫌だ!」と思っていたはずなのに、自分の本心に背いて、「もう一回やれるはず」「やり方がよくなかっただけ」「復帰したら、今度こそうまくやろう」などと考え、ふたたび無理をしてしまう。

当時のことを日記につけていました。いま読み返すと、あきらかに無理をしていて、必要以上に自分を鼓舞しているのがわかります。「仕事ができない、役に立たない自分」なんて、絶対に認めたくなかったのだと思います。

休職中も、「仕事の効率を上げる方法」とか「コミュニケーション能力を上げるには」などを、本やYouTubeで必死に勉強していました。しかし、根本的なこころの解決をしないままに職場にもどった結果、わたしは復帰しては、休職、復帰しては、休職を繰り返してしまいました。

心理カウンセリングとの出会い

「このままではいけない」と思っていたころ、YouTubeで「適応障害」と検索すると、神奈川県の、とある心理カウンセラーの方の動画に出会いました。

動画での適応障害の話は、その時のわたしにぴったりだと感じました。そのときはまだ、カウンセリングがどんなものかよくわかっていませんでしたし、カウンセリングルームは自宅から車で約1時間かかりましたが、藁にもすがる気持ちで、「とにかく自分が変われるのなら!」と、勢いで予約しました。

その直感に従った行動は、正解でした。わたしに必要だったのは、「生産的な人間になり、完璧に仕事をこなせるようになること」ではなく、「こころの内を素直に、ぜんぶ話すこと」だったのです。

わたしは周りからの期待を気にして、自分に「嘘」ばかりついて生きていました。心理カウンセリングは、それをわたしに気付かせてくれたのです。

「わたしにとって生きやすい環境ってなんだろう?」
「わたしにとって価値があるものってなんだろう?」
「わたしが好きなことは?好きなひとは?」
「嫌いなことは?我慢できないことは?」
「わたしにとって仕事っていったいなんだろう?」
「どんな自分でいたいのか?」

さまざまな問いが、わたしのこころの内にあらわれました。そして、そのひとつひとつをノートに書き記しました。つたない言葉です。こたえはすぐにはでてきません。

でも、問いを続けているうちに、いつも共通した「なにか」が次第に浮かびあがってくる。
「きっとこれが自分の大切にしている価値観なんだ!」
そんなことに少しずつ気付いていくうちに、わたしのこころの内に、見失っていた「自信」がじわ〜っとよみがえってくるのを、感じることができました。

自分の価値観に気付いたわたしは、産業医面談のときにも、復職面談のときにも、「自分がどうしたいのか」をはっきりと言葉にして伝えることができました。

適応障害の克服

不思議なもので、「自分のこころが決まると、周り(環境)も変わる」ということが起こります。その後、わたしは人事異動とともに復職し、適応障害の再発はなくなりました。復職後も、心理学やセルフケアの勉強を続け、「自分の価値観に沿った生き方」を実践しつづけました。

もちろん、簡単にすべてが切り替わるわけではありません。少しずつ、少しずつです。

そして、心理カウンセラーの道へ

そうしていくうちに、ある想いが芽生えました。それは、「自分の経験を、だれかの役に立てたい」というものです。振り返ってみればわたしは、典型的とも言える、適応障害の経験をしました。その上、(自慢するようなことではないですが)適応障害にかかりやすい性質をほとんどすっかり持ち合わせていたのです。

社会の中で生きていく以上、これからもわたしとおなじように適応障害で悩む人はたくさんいるでしょう。
(実際、同じ現場でも、ほかの何人もの人が休職し、その後、残念ながら退職したりしていきました)

それなら、わたしだからこそ伝えられることがあるんじゃないか。そう思うようになり、本格的に心理カウンセリングの勉強を始めました。

まず、有名な心理カウンセラーを数多く輩出している日本メンタルヘルス協会で幅広く心理学を学びました。実践的理論を4ヶ月学んだあと、プロ養成の研究コースに進み、さらに7か月間、より深く学び、「日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー」として認定を受けています。

次に、働き方相談のプロフェッショナル「国家資格 キャリアコンサルタント」になるべく、日本産業カウンセラー協会の厚生労働大臣が認定する講習を84時間受講しました。そして、見事一発で、国家試験に合格することができました。

さらに、約5,000件以上の市民相談で培った「傾聴」の技術に磨きをかけるべく、日本産業カウンセラー協会にて、「産業カウンセラー」の資格を取得しました。104時間の実践演習を行い、「話し手の気持ちを、話し手の身になって理解する力」を向上させました。また、それまで学びつづけてきた「メンタルヘルスの知識」を一層深めることができました。

心理カウンセラーとして

このようにして心理カウンセラーとなった今、わたしがいつも心がけていることは、「相談者さんのたいせつにしているコト(=価値観)を、一番に尊重する」ということです。

「仕事に復帰する」という目的を達成できたらそこで終わりかというと、実はそうではありません。なぜあなたは仕事をしたいのでしょうか? 仕事をすることで、あるいは仕事をした上で、実現したい、輝かせたい、あなただけの「なにか」がきっとあるはずです。

今はほこりをかぶってしまっていても見えなくなっていても、全然、大丈夫です。わたしはその「なにか」をあなたが発見するお手伝いをしたいと思っています。

わたしと一緒に、「なにか(=たいせつなコト)」を見つけ、たいせつにしていきましょう。

最後になりましたが、わたしのミッション(使命)は、
「悩みのくるしみ(種)」を「成長する感動(花)」に育てる、あなたを応援する!
そしてビジョンは、
誰もがあたりまえにじぶん自身を信じてワクワクできる世界を拡げていく!
です。

ここまでたった独りで悩みと真剣に向き合いつづけてきた、あなただからこそ、仕事の悩み専門の心理カウンセラーである、わたしにぜひ相談してください!
「あなたのままで、大丈夫!」
そう、心から信じてお待ちしていますね。

ユアサイド心理カウンセリングルーム
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